Ultra Halloween 狂騒曲




   Trick or Treat!    お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ!




           『Ultra Halloween 狂騒曲 〜不安定な微熱の振り子〜』






 ハローウィン当日、仮装をしなければならないのは百歩譲って我慢してやろう。だが、その仮装が俺の許容範囲内ならばの話だ。
 「シュン、ポペラ似合う〜。さっすがゴロちゃん、センスポペラ最高っ。ね、ツバサ」
 ではない! 真壁と共に要らんものまで押しつけやがって。見てるお前等はいいだろうが、こっちは大変なんだ。
 「つーか、瞬。それ、動けんのか?」
 草薙の言葉に
 「動ける訳が無いだろう!」
 おそらく心配してくれたのだろうが、これで動けるとしたら大したものだ。そもそもこんな衣装は非経済的だ。これではライブ処ではない。ライブと云えば新曲がまだ上がってないな。こんなくだらない事を終えて、早く曲を作らねば――
 「っぅっわッ、な?!」
 なんだ煩いぞ! この俺の作曲時間を唯でさえ削っているのにこれ以上邪魔をするな! 
 「お前ら先に行って、南やキヌさん達に七瀬と此奴は遅れると云っとけ。七瀬はそれに慣れたらトリさんと行け。此奴は俺が連れてくから安心しろ」
 「マジかせんせ?! ちょ、下ろせってばッ」
 「うだうだうるせぇ。諦めて大人しく参加しろ。ほれ、とっとと着替えるぞ」
 暴れる草薙をものともせず云うだけ云って、九影は草薙と奥の部屋へ消えた。それを見送るしか無かったB6に少し苦笑を浮かべて鳳が
 「草薙君は九影先生に任せて、南先生達に伝えてくれるかな?」
 確かにそうだろう。このままでは時間の無駄だ。真壁達も納得したようにバカサイユを出ていく。やっと静かになったが、動けん。くそッ、忌々しい衣装だ。
 「七瀬君、無理しない方がいい。その衣装は子供一人分は有にあるからね」
 「何だと?」
 「昔の女性はそれで動けたのだから、ある意味すごいよね」
 鳳のやんわりとした笑みは相も変わらず読めない。はっきり云って教師陣の中で衣笠に次いで何を考えているのか分からない人物だ。これがまだ九影や真田であったりするなら行動が読めるのだが。
 「何か飲むかい? 山田さんがティーセットを用意してくれているんだ」
 「要らん。そもそも用が済んだのならさっさとホールに行ったらどうだ?」
 「九影先生から頼まれている以上そうもいかないよ。それに、先に行った仙道君が気になるしね」
 仙道……。あのひねくれ性悪ダンゴ虫野郎か。確かにそれについては鳳に賛同するわけでもないが何か仕掛けているだろう。アイツはろくでもない悪戯に関してだけは無駄に天才的だ。認めるのさえ嫌なほど。
 「それについては九影先生と草薙君がいれば対処が出来るかも知れないからね」
 だから二人を待ってみようか、と。実際九影と草薙、二人を待っていたのは正解だった。あの仙道がここぞとばかりに悪戯を仕掛けまくっていた。
 「なんと云うか、仙道君だね」
 「アイツ、殺す!」
 こんにゃくは栄養価が少ないとは云え食べ物を粗末にするとは! これについてはきっちり文句を言わねば気が済まん。くそっ、この衣装のせいでホールまでがやたらと遠くに感じる。重いだけならまだしもこの下駄と云えない様な履き物はなんだ?!
 本当に今日は最悪だ、まだこの時まではそう思っていた。
 
 
 
            *** *** ***
 


 「これで動ける」
 ずっしりとした重さがないだけでこれほど清々しく思うとは……。
 「お疲れさま。実際あの衣装は大変だと思うよ。よく頑張ったね」
 まだ全てを脱ぎきった訳ではないが、あの無駄な頭の飾りにずるずるとした着物。それだけでもえらく違う。やはり衣装は無駄がない方がいい。
 「……ふぅ」
 喉が渇いたな。何か飲むか、山田が何かしら用意している筈だ。取りに行くかとドアノブに手を掛けてギクリとした。僅かな隙間から見える、いつも俺達B6がくつろぐリビングで九影と草薙が、抱き合って、キスをしていた。
 声までは届かないから二人が何を話しているか、なんて知りようがない。だが、あれは――
 「――ッ」
 「駄目だよ。声を出しては」
 ドアノブに掛けた手と、口元をやんわりと押さえられる。誰かなんて、この部屋には俺と鳳の二人しかいないが
 「暫く、そのまま。大丈夫だから」
 何が大丈夫なのかなんて考えられない。視線はずっと九影と草薙から離れない、いや、外せないのだ。草薙の俺達の前では見せる事はない表情が、九影の草薙に回された腕が、如何に互いが特別であるかを知らしめているようで、息すら出来ない感覚に囚われる。
 「九影先生にも困ったこのだね。まぁ、分からなくもないが」
 耳元の呆れと笑みを含んだ声に
 「知って――」
 いたのか。と最後まで続ける事が出来ない。それを聞く事が、何故か無性に怖かった。後ろで、クスリと笑う気配がする。
 「知っているよ。おそらく衣笠先生はご存知だと思うが、他は知らないよ。実際九影先生がそう云う素振りを見せる事自体珍しい事だよ」
 事実君達も分からなかったのだろう? とクスクスと声がまとわりつく。それが、漠然とした不安を俺にもたらす。この声の持ち主は誰だ? 今、後ろにいるのは――
 「暫くは、草薙君の元へ行かない方がいいね。七瀬君、ゆっくりとドア閉めて」
 視界が、閉ざされる。ただドアが閉められただけなのに、それだけで、身体の自由が失われた様な。認めたくないものが、俺を支配しようとする。
 恐怖――
 いいや。怖いなど、あり得る訳がない!
 「は、なせ。鳳」
 「少し、悪戯が過ぎたかな?」
 「煩いッ、放せ!」
 「私はもう君を捕まえてはいない。君は自由だよ?」
 だが、躯は俺の思うようには動いてはくれない。この場から去りたいのに、グラリと傾いだ躯を壁に手をついて何とか衝突は免れるようにそのまま壁に背を預けてずるずるとへたり込んでしまう。いつも、そうだ。鳳の前では醜態を晒してしまう。こんな事が、許せるはずがない。
 だが自分の視界に映るのは血の気がひき、微かに震える自分の指先だ。
 「クッ」
 どうして――
 「私は君に、抱え込ませてしまったかな?」
 ドクン、と心臓が大きく跳ねた。指先は勿論、足先からも血の気がひいていくのが分かる。震えが、収まらない。
 「確かに私は君に告白したが、君を追いつめる気はないよ? 君が私の事を何とも思っていないのなら、一言嫌いだと云ってくれれば、それだけでいいんだよ」
 簡単な事だろう? と視線を合わせるように俺の前にしゃがみ込む。
 「煩い! そんな勝手を俺に押しつけるな!」
 「勝手かもしれないけど、君は私に答える義務がある。それは確かだよ」
 そんなモノ俺が知るわけないだろう! どうして、どうして此奴は俺をほっとかない! どうして、俺は此奴を突き放せない! こんな俺は、俺じゃない!
 「……素直じゃない子だね、君は。そんな処も堪らなく好きなのだけれど。困ったね、これでは九影先生の事をとやかく云えないね、私も」
 伸ばされた指が、腕が、俺を捉える。振り払える程度の力で引き寄せられる。
 「全く。そんな風に泣くもんじゃないよ。見ているこっちが辛い」
 だから、早く泣きやみなさい。と柔らかなキスが頭に下りてくる。
 「………ッ、……」
 触るな。俺に、触るな! 俺は、一人でも大丈夫なんだ。
 「は、なれろッ……」
 「それは出来ないよ。君が、泣きやむまではね」
 此奴はB6とも違う優しさで、俺が必要ないと思っていた何かで、俺の中を埋め尽くしてしまいそうで――それが、怖い。そんな事、認めたら――俺じゃない。だから此奴が――
 「私が嫌いならそう云いなさい」
 「……ッ、云えるならばッ、こんな苦しくない!」
 そんな言葉で、楽になんかならない! そんな言葉なんか要らない! こんなにも、痛い思いなんて、要らないんだ。だから俺に、係わらないでくれ。もう、傷つきたくないんだ――
 「私はひどい大人だね。君が苦しんでいるのに、その言葉が嬉しいなんてね」
 鳳の手が、髪を撫でていく。
 「う、るさい! それ以上云うな! 云ったら、殺す!」
 クスリと空気が笑った気がした。実際は鳳なのだが、それは嫌な笑いでは無く、俺はただ、鳳に頭を撫でられていた――
 





   Trick or Treat?    それは微熱にも似た悪戯な感情



END

THANKS

和泉水鶏様